update:2005.10.01  担当:菅原 大介
清恵亭侯京
人物簡介
 清恵亭侯司馬京(?)は字を子佐といい、宣帝司馬懿と伏夫人の子である。魏の末期に清恵亭侯に封じられたが、若くして薨じた。享年二十四。射声校尉を追贈された。
本文
  清惠亭侯京字子佐,魏末以公子賜爵。年二十四薨,追贈射聲校尉,以文帝子機字太玄爲嗣。泰始元年,封燕王,邑六千六百六十三戸。機之國,咸寧初徴爲歩兵校尉,以漁陽郡益其國,加侍中之服。拜青州都督、鎭東將軍、假節,以北平、上谷、廣[密冉:007255]郡一萬三百三十七戸増燕國爲二萬戸。〔七〕薨,無子,齊王冏表以子幾嗣。〔八〕後冏敗,國除。
 清恵亭侯司馬京は字を子佐といい、魏の末期に公子ということで爵位を賜った。享年二十四で薨ずると、射声校尉を追贈され、文帝(司馬昭)の子の司馬機、字は太玄が後継ぎとなった。泰始元年(二六五)、燕王に封じられ、食邑は六千六百六十三戸だった。司馬機は領国に赴き、咸寧の初めに呼び戻されて歩兵校尉になり、漁陽郡を領国に加えられ、侍中の服を加えられた。青州都督・鎮東将軍・仮節に任命され、北平・上谷・広[密冉:007255]郡一万三百三十七戸を燕国に加えられて〔合計〕二万戸となった(10)薨じ、子がなかったので、斉王司馬冏は上表して〔自分の〕子の司馬幾を後継ぎとした。後に司馬冏が敗れると、国は廃止された。

更新履歴
2005.10.01:第一版。
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