(1)揚雄は漢代の儒学者。吃音症だったため、談論よりも黙々と思慮をめぐらすタイプであった。
(2)張安世は漢代の人。武帝が行幸中に紛失してしまった本について、張安世は全て暗唱してみせたという。
(3)揚雄は給事黄門郎となった後、成帝・哀帝・平帝の三代の間、昇進の機会がなかった。
(4)王莽は前漢の外戚。成帝の時に大司馬となった。後に前漢を滅ぼして、新を建国。
(5)董賢は前漢哀帝の寵臣。帝と寝起きを共にしていたとされ、二十二歳で大司馬・衛将軍となった。
(6)「孝懐帝紀」によると、永嘉五年(311)九月に苟晞は石勒に敗れて予章王司馬端とともに亡くなっているので、成公簡も同じく亡くなったと考えられる。