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update:2021.05.22 担当:劉 建
晋書巻九十五
列伝第六十五
淳于智
人物簡介

淳于智(?〜291)は字を叔平といい、済北郡盧県の人である。易経を用いて占いをすることができ、方術を使うのに長けていた。厄払いをして災いを転じたことは、数えきれないほどあり、卜筮で占うことが極めて数多くあって全て当てた。太康の末年、淳于智は司馬督となり、楊駿の寵愛を受けたため、永平元年(291)、楊駿が殺されると、連座して誅殺された。

本文

淳于智は字を叔平といい、済北郡盧県の人である。思考能力があり、易経を用いて占いをすることができ(1)、方術を使うのに長けていた。高平郡の人の劉柔は夜になり床に就くと、鼠が劉柔の左手の中指を咬んだので(2)、劉柔はこのことを淳于智に問い尋ねた。淳于智は言った。「このことはあなたを殺そうとしたが、目的を達することにならなかった。私はあなたのために反対に鼠を死なせてやろう。」すると、朱墨を用いて劉柔の手首の横筋から三寸下のところに、縦横に一寸二分の大きさで、「田」の漢字を書き(3)、劉柔に手を露出させて寝てもらった(4)。次の日の早朝、一匹の大きな鼠が劉柔の手の傍で、うつ伏せに死んでいた。譙郡の人の夏侯藻の母親は病が重くて、夏侯藻は淳于智のところで占ってもらいに行こうとしたが(5)、突然、一匹の狐が戸口にいる夏侯藻に向かって咆哮した。夏侯藻は驚き恐れながら、すぐに淳于智に会いに行った。淳于智は言った。「災難が差し迫っている。あなたはできるだけ早く帰りなさい。狐が咆哮した場所では、胸を叩いて泣くと(6)、家族を驚かせ不思議に思わせてしまい、大人も子供も皆、出て来てくるでしょうが(7)、もしも、まだ、もう一人出て来ないならば、泣くのをやめてはいけません。これ以後、災難はようやく取り除かれるでしょう。」夏侯藻は帰って来て、淳于智が言ったようにすると、夏侯藻の母親は病身を我慢しながら出て来た。家族は皆、集まった後、母屋の五つの部屋はいっぺんに倒壊した(8)。護軍の張劭の母親は重病に罹り、淳于智は張劭を占うと、張劭に西の方へアカゲザルを買いに行かせ、張劭の母親の腕に繋いで、他の者にアカゲザルを叩かせては(9)、絶え間なく叫び声を出させて、三日後には、アカゲザルを逃がしてしまうようにさせた(10)。張劭はこれに聞き従った。アカゲザルは逃がされた後、門を出るとすぐに犬に咬まれて死んだが、張劭の母親の病気は全快した。上党郡の人の鮑瑗は家族の者が、病気や貧困によってたくさん死んだので、ある者が鮑瑗に言った。「淳于叔平は神人であるのだから、あなたはどうして彼を探して占ってもらって、災いのもとがどこにあるのか知ろうとしないのですか?」鮑瑗は生まれつき真面目であり、占いは信じなかったが、言った。「人の一生はおのずから運命づけられているのだから、どうして占いなどで変えることができましょうか!」ちょうど淳于智が来て会うと、応詹は淳于智に対して言った。「こちらの鮑瑗先生は貧しい読書人でありますが、いつも、多くの、苦難に満ちていており、あなたは神霊と互いに通じ合う心をもっているので、鮑瑗の八卦見をしてはいかがでしょうか(11)。」すると、淳于智は鮑瑗を占い、卦が現れると、鮑瑗に対して言った。「あなたは住宅を建てるのは適切ではない、だから、あなたを困らせるでしょう(12)。あなたの家の東北の方角に大きな桑の樹があるが、あなたはまっすぐ市場へ向かって行き、門を入って十歩数えると、まもなくいばらの枝の馬の鞭を持っている者がいるはずなので、直ちに鞭を買って帰り、この桑の樹に掛けて(13)、三年後には突然、財産を手に入れるでしょう。」鮑瑗はこの話を聞いた後、市場に行き、果たして馬の鞭を買い、桑の樹に掛け三年後(14)、鮑瑗は井戸を掘ると、数十万の金銭を手に入れ(15)、銅や鉄の器もまた二十万余りの値打ちがあったので、それで豊かになり(16)、病気に罹った者も全快した。淳于智は厄払いをして災いを転じたことは、数えきれないほどあり、卜筮で占うことが極めて数多くあって全て当てた。応詹も若い頃は病弱であり、淳于智は一枚の護符を書き応詹に着けさせて、符文を読誦すると、ほどなく効果があったが(17)、学ぶことはできなかった。

淳于智は生まれつき沈着冷静であり、いつも自分は長生きできないと言っていた。淳于智は言った。「辛亥の年の世には事件があり、道術を使う巫医が死ぬだろう。私は易経の大義を固く守って実行し、予言の通りにならないようにしなければならない!」太康の末年、淳于智は司馬督となり(18)、楊駿の寵愛を受けたため、誅殺された(19)

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