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update:2021.04.03 担当:永一 直人
晋書巻九十六
列伝第六十六
苻堅妾張氏
人物簡介

苻堅の妾の張氏(?〜383?)は、どこの出身の人か知られていない。はっきりと善悪を区別し、才知と識見があった。太元八年(383)、群臣の反対を押し切って苻堅が江東に攻め入ろうとすると、苻堅を諫めたが、聞き入れられなかった。願い出て苻堅に同行し、苻堅が寿春で大敗すると、自殺した。

本文

苻堅の妾の張氏は、どこの出身の人か知られていない。はっきりと善悪を区別し、才知と識見があった。苻堅が江左(江東)に攻め入ろうとすると、群臣は固く諫めて従わなかった。張氏は進言して「天地が万物を生み、聖王が天下を馭すると、わたしは聞いています。その性質にしたがわないで、のびやかにいられるものはありません。だから黄帝が牛に寄り添って馬に乗ったのは、その性質によるものです。禹が龍門をうがって、黄河の大量の水を流させたのは、水の勢いによるものです。周の后稷が多くの穀物の種をまき、苗を植えたのは、地の気によるものです。殷の湯王が夏を滅ぼし、周の武王が商を滅ぼしたのは、人の欲によるものです。それゆえに拠りどころのあるものは成功し、拠りどころのないものは失敗します。いま朝臣の上下はみないけないと言っておりますのに、陛下にはまた何の拠りどころがあるのでしょうか?『尚書』では『天が聡明なのは我が民が聡明なのによっている』(1)と言っています。天でさえこのようであるのに、どうして人主がそうでないことがありましょうか!人君が国を討とうという志をもつときは、必ず上に天のしるしを観察し、下に多くのきざしを採るとわたしは聞いています。天の道は気高く遠大であって、わたしの知るところではありません。人間社会の事柄できざしを言えば、まだそのよろしいものを見ていません。諺に『鶏が夜に鳴くのは行軍に利がなく、犬の群れが吠えると必ず宮殿の部屋は空っぽになり、兵が動揺し馬が驚くと、軍は敗れて帰ることがない』と言います。年の暮れがやってきて、夜ごとに犬の群れが大いに吠えたて、多くの鶏が夜に鳴き、厩舎の馬が驚いて逃げようとするのがひそかに聞こえ、武器庫の兵器に物音が立っています。吉凶のことわりは、実にわたしごときが論ずるところではありませんが、陛下にはこのことを詳しく思いおこしていただくようお願いします」といった。苻堅は「戦争のことは婦人の関わり合うところではない」といった。そのまま兵を起こした。張氏は従軍を願い出た。苻堅がやはり寿春で大敗すると、張氏は自殺した。

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